「40代を過ぎてから、なぜか自分が透明になっていく気がしている」
そう感じること、ない?
誰かと話しても、自分の発言だけスルーされる気がする。
職場では、名前より役割で呼ばれる。
家では、お母さん、お母さんと呼ばれ続けて、「私」という人間がどこかに消えていく感じ。
じわじわと、自分の輪郭がぼやけていくような感覚。
これ、気のせいじゃないんよ。
でも、存在が薄くなったわけじゃないとも思っている。
長い間、他人の視線を基準にして生きてきた、っていうことはない?
誰かに気づいてもらえると、「ああ、私はここにいる」と安心する。
褒めてもらえると、自分の価値を感じる。
スルーされると、自分がいないみたいで怖くなる。
自分の存在感を、自分の外側に置いてきたということ。
だとしたら——透明に感じるのは当然なんよね。
他者の目が向かなくなる場面が増えれば増えるほど、自分が消えていくように錯覚する。
私自身も、そうだった。
金融機関で働き、協会を立ち上げ、それなりに「できる人」として見られていた時期がある。
でも、ある日気づいた。
誰かに見られているときだけ、自分を感じていたな、って。
価値観が言語化できていないと、こうなるんよ。
自分の中に「これが大切」という軸がないから、外の評価にすがるしかなくなる。
逆に言うと、自分の価値観が言葉になったとき、何かが変わる。
誰も見ていなくても、自分が大切にしていることをやっている時間は、静かに満たされる。
誰かに気づいてもらえなくても、「今日も自分の価値観を生きた」と思える日は、どこにも消えていかない。
透明になっていく気がするのは、あなたの存在が薄いからじゃない。
自分の中の軸が、まだ言葉になっていないから。
あなたが本当に大切にしてきたことって、何だろう?
今日も誰かのために動いてきた、その「動いた理由」を、一度ちゃんと言葉にしてみて。
〜魂の声を聴き、使命を生きる〜自己統合コーチング、受付中です。
「自分が本当に大切にしていることって、なんだろう?」
その問いに、一緒に向き合います。
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