「親の介護が始まって、また自分を後回し。自分軸なんて贅沢だよね?」

今日は、ひとつの相談に答えるね。

〈相談〉Tさん・54歳

半年前から、実家の母の介護が始まりました。

仕事を減らして、週の半分は実家へ。

やっと子育てが終わって「これから自分の人生」と思ってた矢先でした。

正直、しんどい。

でも「親なんだから当たり前」って思うと、しんどいって言っちゃいけない気がして。

自分軸とか価値観とか、今の私には贅沢な話に思えます。

このまま、また自分を後回しにするしかないんでしょうか。

Tさん。

まず、言わせてね。

よくがんばってる。

本当に、よくがんばってるよ。

「しんどい」は、言っていい

「しんどいって言っちゃいけない気がする」

その気持ちにフタしてるの、すごく伝わってきた。

でもね。

しんどいは、しんどい。

それを認めることは、親不孝でもなんでもないんよ。

むしろ逆。

自分のしんどさにすら気づけないくらい、あなたは自分を後回しにしてきた。

そのサインなの。

その「当たり前」、誰が決めたの?

「親なんだから当たり前」

——ちょっとだけ、立ち止まってみて。

その「当たり前」、本当にあなたの心の声?

それとも、いつか誰かに植え付けられた借り物の価値観じゃない?

「介護は娘がするもの」

「自分のことより家族が先」

そう思い込んでると、自分の気持ちは、ずっと後回しのまま。

すり減って、すり減って、ある日ぽっきり折れてしまう。

自分軸って、介護をやめることじゃない

ここ、大事だから聞いてね。

自分軸は、介護を放り出すことじゃないの。

介護をしながらでも、

「この15分は、私のために使っていい」

そう自分に許可を出すこと。

満たされていない人は、人にやさしくし続けられない。

あなたが少し満たされるから、お母さんにもやさしくいられる。

これ、わがままじゃないんよ。

めぐりめぐって、ぜんぶつながってる。

今日の一歩

一日の中で、5分でいい。

「これは私のための時間」と決めてみて。

好きなお茶を飲む。

窓の外をぼーっと見る。

それだけでいい。

もし罪悪感が出てきたら——

それは「私も、大切にされたい」っていう、あなたの本音のサイン。

そのサインを、無視しないであげてね。

介護があっても、あなたの人生は、あなたのもの。

余生じゃない。本番だよ。


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