「やり方はもう調べた。なのに、まだ出せていない」

「頭の中では、とっくに出来上がってる。」
「なのに、いつまでも形にならない。」

そういうこと、ない?

ノートには何ページも書いてある。
必要そうな講座も受けた。
なのに、いざ出そうとすると手が止まる。

ここで多くの人が「私は行動力がないんだ」と結論を出してしまう。
もうひとつよく出るのが「まだ準備が足りない」。

止まってるのは、そこじゃないんよね。


「前に出せないんです」と言われたとき、私はやり方の話をほとんどしない。

聞くのは、その人のエネルギーが上がった瞬間のこと。

「これまでで、体が勝手に動いてた時っていつ?」

たいてい、すぐ出てくる。
何かを始めると決めた日。人が集まった日。誰かに頼まれてもいないのに夜中まで手が動いてた日。

そのあとに、落ちた瞬間も聞く。
こっちは時間がかかる。思い出したくない場所だからね。

で、ここがいちばん大事なところ。
落ちた理由を「出来事」で止めない。

「断られたから」「うまくいかなかったから」。
それはまだ、起きたことの説明でしかない。

掘るのはその奥。
そのとき自分は、何ができなくなっていたのか。

たとえば「断られたのがショックだった」が、掘っていくと
「相手の反応をうかがって、自分の言葉で話せなくなったときに落ちてた」に変わったりする。

同じ場面なのに、意味がまるごと入れ替わる。
そして入れ替わった瞬間に、その人はもう自分の軸を口にしてる。


そこで出てくる言葉は、名詞じゃ足りないの。

「家族」「自由」「挑戦」。
きれいなんだけど、明日の選択には使えない。

「自分の言葉のまま話すこと」
「思いついたことを、誰かに先に話してみること」

こういう動詞まで来ると、体が動く。
何をすればいいか、もう説明がいらないからね。

軸が言葉になっていないうちは、目の前の選択肢が全部おなじ重さに見える。
だから決められない。決められないから、動けない。
動けない自分を責めて、また止まる。

その繰り返しを「行動力の問題」だと思い込んでる人が、ほんとうに多い。


軸がくっきりすると、悩みの形が変わるんよ。

「出すべきか、やめておくべきか」で何日も揺れていたものが、
「どっちが自分の価値観を満たす?」というたった一問になる。

答えが出るのが早くなる。
出したあとにブレなくなる。

構想が動き出すのは、新しいやり方を覚えたときじゃない。
自分が何に動かされる人間なのかを、自分の口で言えるようになったとき。

あなたの手が最後に、勝手に動いたのはいつ?
そのとき、あなたは何をしてた?


〜魂の声を聴き、使命を生きる〜自己統合コーチング、受付中です。
「自分が本当に大切にしていることって、なんだろう?」
その問いに、一緒に向き合います。
気になる方は、プロフィールのリンクからどうぞ。