「父の背中が、小さくなっていた」
久しぶりに会った父の背中が、ひとまわり小さく見えた。
あんなに大きかったのに。
あんなに、逆らえない存在だったのに。
その背中を見た帰り道、胸の奥がざわざわして仕方なかった。
あのざわざわの正体、考えたことある?
寂しさだけじゃないんよね。
親の老いを目の当たりにしたとき、人の心では二つのことが同時に起きるの。
ひとつは、「親といられる時間には限りがある」という実感。
もうひとつは、もっと静かで、もっと深いやつ。
「私の時間にも、限りがある」
親の背中はね、少し先を歩く、自分の未来でもあるから。
このざわざわを、放っておくとどうなるか。
日常の忙しさが、また上から覆いかぶさって、何もなかったことになるの。
そしてまた数年後、もっと小さくなった背中を見て、もっと大きくざわざわする。
その繰り返し。
だからね、ざわざわしている「今」が、実は大事な分岐点なんよ。
やることは、二つ。
親との時間を、意識して取ること。
聞いておきたい話は、聞けるうちに聞くこと。
そしてもうひとつは、自分の人生の残り時間の使い方を、言葉にすること。
「私は何を大切にして、これからを生きるのか」
親の背中が教えてくれたことへの、いちばんの恩返しはね。
あなたが自分の人生を、ちゃんと生ききることだと思うんよ。
その背中に、いつか胸を張って言えるように。
「私、自分の人生を生きたよ」って。
〜魂の声を聴き、使命を生きる〜自己統合コーチング、受付中です。
「自分が本当に大切にしていることって、なんだろう?」
その問いに、一緒に向き合います。
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