趣味に本気になれない。いちばん楽しいのに、どうして後ろめたいんだろう

「本当は、もっと本気でやりたい。」

そう思いながら、結局セーブしてしまう。

楽しいはずの時間に、どこかブレーキがかかる。
「こんなことに一生懸命になってどうするの」
「家族のためにやることがあるでしょ」
「もっと役に立つことに使いなさい」

誰かに言われたわけじゃない。
なのに、そんな声が自分の中から聞こえてくる。


そう感じている人、多いの。

趣味に没頭している自分を、どこかでダメだと思っている。
生き生きしている自分を、どこかで許可できていない。

少し立ち止まって考えてみて。

その「後ろめたさ」って、どこから来てるんだろう?


あれはね、ずっと「自分を後回しにしてきた構造」のサインだと私は思っているの。

誰かの役に立つこと、誰かに認められること、生産的なこと。
そっちに価値があって、「自分が楽しいだけ」のことには価値がない——そう刷り込まれてきた。

親でも、学校でも、社会でも。

「遊んでないで勉強しなさい」から始まって、いつの間にか「自分が楽しむことは後回しでいい」が体に染みついてしまったんよね。


ここで少し、視点を変えてみてほしいんだけど。

あなたが趣味に向かうとき、体が自然に動く感覚ない?
気づいたら何時間も経っていて、疲れを忘れていること、ある?

それ、あなたの価値観が表れている場所なんよ。

没頭できる。
苦にならない。
時間を忘れる。

あなたが自然に大切にしていることのサイン。

「後ろめたさ」の正体は、罪悪感じゃない。
長年かけて積み上げてきた「私には、楽しむ許可がない」という思い込み。


その思い込みを言葉にして、「あ、これは借り物の価値観だった」と気づいたとき、後ろめたさはじわじわと薄れていく。

趣味に本気になれた人は、人生の他の場面でも変わっていく。
「自分を大切にしていい」という許可が、一つひとつの選択に広がっていくから。


あなたが一番生き生きする瞬間は、どんなときだろう?

その答えの中に、本当に大切にしたいものが、ちゃんと眠っているよ。


〜魂の声を聴き、使命を生きる〜自己統合コーチング、受付中です。
「自分が本当に大切にしていることって、なんだろう?」
その問いに、一緒に向き合います。
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