「友人がまたキラキラした投稿をしていて、画面を閉じた」
「応援したいのに、なんで見ていられないんだろう。」
SNSを開くたびに、同世代の友人が起業した投稿、新しい挑戦を始めた投稿が流れてくる。
いいね、はできなかった。
そっと画面を閉じた。
そんな自分に、罪悪感が残る。
その胸のざわつき、「性格の悪さ」じゃないよ。
妬んでいるとか、素直に喜べない自分がいやとか、そう思って自己嫌悪に入ってしまう人、多いんよね。
でも、ちょっと待って。
あのざわつきは、悪い感情じゃない。
むしろ、すごく正直なサインなんよ。
羨ましい、という感情は、自分がずっと心の奥で「やりたかったこと」を指差してくれている。
友人の投稿を見て胸がざわついたとき、あなたはその人の「何に」ざわついたか、思い返してみて。
自由な働き方?
自分の名前で発信していること?
「好きなことをしている」という雰囲気?
そのざわつきの中身が、あなた自身の未消化な欲求なんよね。
「でも私にはできないし」「もう遅いし」
そう言って、感情ごと見ないふりをしてきた。
だから消えない。
じわじわと、画面を閉じるたびに積み重なっていく。
「羨ましい」を言語化すると、自分の価値観が見えてくる。
羨ましいという感情は、自分が本当に大切にしたいものを、ちゃんと知っているということでもあるから。
頭でっかちな自己分析より、ずっと正直に、あなたの内側が教えてくれているんよ。
「自由に発信すること」に惹かれているなら、あなたには「自分の考えを言葉にして誰かに届けること」への価値観があるのかもしれない。
「自分の名前で仕事をしていること」が羨ましいなら、「自分の判断で動くこと」への欲求がずっとくすぶっているのかもしれない。
そのざわつきを、「メンタルが弱いから」と片付けるのはもったいない。
ざわつきを感じたら、次にこれをやってみて。
「私はあの投稿の、何に反応しているんだろう?」
その問いを自分に投げてみること。
「いいなぁ」と思った、その中身を掘ること。
そこに、あなたがずっと後回しにしてきた価値観が、眠っていることが多いんよね。
〜魂の声を聴き、使命を生きる〜自己統合コーチング、受付中です。
「自分が本当に大切にしていることって、なんだろう?」
その問いに、一緒に向き合います。
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