あの人の発信を見てずっと「いいな」と思ってた。真似してみたら、全然楽しくなかった
「あんなふうにできたら、私ももっと前に進めるのに」
フォローしている同世代の女性の投稿を見るたびに、そう思ってた。
自分の言葉で仕事を語って、コメントには「勇気もらいました」「素敵です」が並んでいる。
ちょっとだけ、真似してみた。
同じようなテーマで書いて、同じようなトーンで話してみた。
続かなかった。
楽しくなかった。
むしろ、書いているうちにじわじわとしんどくなってきた。
「また向いてないことをやってしまった」
そう思って、そっと閉じた。
でも、これは向き不向きの話じゃなかったんよ。
あこがれていたのは、その人の「結果や見え方」だったんよね。
評価されている。ファンがついている。自信があるように見える。
その状態に引き寄せられていただけで、その人が実際に「何をやっているのか」、「どのプロセスに喜びを感じているのか」まで、ちゃんと見ていなかった。
あこがれの正体を、少しだけ分解してみてほしい。
その人のどこに惹かれてた?
たとえば——「見られたい」「評価されたい」という欲求に引っ張られていたなら、それは借り物の動機。
でも、その人が「誰かの本音をそっと引き出しているところ」に心が動いていたなら、そこにあなた自身の価値観のかけらがある。
価値観というのは、名詞ではなく、動詞なんよ。
「発信すること」じゃなくて、「自分の経験を誰かの言葉に変えること」なのか。
「目立つこと」ではなく、「一対一で深く関わること」なのか。
そこが言語化できると、あこがれの中から「借り物」と「本物」が分かれてくる。
真似して楽しくなかったのは、あなたがダメだったわけじゃない。
自分の価値観ではないものを、無理やり動かそうとしてただけ。
あなたが本当に惹かれていたのは、何だったんだろう。
もう一度、そこをゆっくり見てみて。
〜魂の声を聴き、使命を生きる〜自己統合コーチング、受付中です。
「自分が本当に大切にしていることって、なんだろう?」
その問いに、一緒に向き合います。
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